慶長16年(1611)3月、5万の大軍を率いた家康が京に到着。家康からの上洛(じょうらく)の要請を拒んでいた豊臣秀頼の母・淀君も、加藤清正らの説得に折れ、二条城で家康と秀頼の対面がかなう。家康の予想に反して、19歳の堂々たる若武者・秀頼は京で絶大な人気を呼ぶ。その報に紀州の真田昌幸はほくそ笑むが、ほどなく、次男・幸村に夢を託して65年の生涯を閉じる。上田城にも報せが届き、嫡男・信之も一人涙する。