3万人の南奥州の大名連合軍を撃退した政宗(渡辺謙)も、天然の要害・二本松城を攻略することは容易ではなかった。9か月にわたって籠城、抵抗された政宗は、改めて城を完全包囲したうえで物資補給路を遮断し、かつ畠山家の残党を見逃がすことを条件に、天正14(1586)年7月、二本松城を無血開城させる。塩松郡と二本松領を手中に収めた政宗は、父の墓前に「いつの日か必ず天下を取ってご覧に入れます」と誓うのだった。