昭和25年(1950)、おしんはひさの援助で魚の行商を再び始め、小さな店を持つまでになりました。おしんの戦争は、家出した養女・初子の幸せを見届けるまで終わりません。露天商の親分・健や髪結いの師匠・たかの協力で東京にある外人相手のカフェで働き、おしんに毎月送金していた初子を見つけ伊勢に連れ戻し、家族で新しい店を盛り立てようとします。しかし養子の希望(のぞみ)まで陶工になりたいと言い出します。