北鎌倉の山間にひっそりと佇む隠れ家のような宿『くわの』。人目を偲ぶ男女が多く訪れるこの宿は、「密会の宿」と呼ばれている。この宿の美人女将・桑野厚子は、7年前に夫を亡くし、細腕で一人息子の翔太を育てながら、旅館を切り盛りしている。従業員で小説家志望の久保隆は、厚子にほのかな思いを寄せている。 そんな『くわの』でお茶うけに出している和菓子屋『しんじょう』の会長・新庄保が『くわの』を訪れた。保はすでに現役を退いており、息子の誠一が今は社長となっていた。新作菓子について厚子と保が話していると、宿泊客が急病だと仲居が飛んでくる。その客は『しんじょう』に勤め始めたばかりの渡辺彬だった。その隣には彬を気遣う婚約者・朝倉恵の姿があった。身寄りのない二人は、家庭を持つ日を待ち望んでいた。彬は保の推薦で『しんじょう』に入ったばかりだったが、社長・新庄誠一に何故か辛く当たられ、過労を強いられていた。保は息子・誠一の傍若無人な振る舞いを気にしながらも、誠一には強く言えない負い目もあり、困惑していた。そんな保の心の支えになっていたのは、誠一にも保にも尽くす、誠一の妻・嫁の友枝だった。 後日、『しんじょう』を訪れた厚子は、彬を激しく叱責する誠一を目にする。あまりの暴君ぶりに驚く厚子。厚子たち客が帰った後、保は誠一の目に余る言動を注意する。誠一は「あの男(彬)が何者かわかった」と保に耳打ちし、「あなたが母さんにしたようにあいつ(彬)をいじめ殺してやろうか」と歪んだ笑いを浮かべる。保は若い頃遊び人で、外に女をつくり、多感な年頃の誠一や母親を傷つけてきたという噂だった。ある日の夕方、彬が帰宅途中に居眠り運転をして事故死してしまう。泣き崩れる恵。保はそんな恵をいたたまれない思いで見つめていた。その頃、自室にこもっていた誠一は、パソコンで“毒殺”や“睡眠薬” に関するサイトを見ていた。彬の死を報告する友枝に、「お前はあいつの正体もたくらみも知らない」と吐き捨てるように言う誠一。 彬の葬儀が行われた夜、誠一は恵の部屋を訪れ、10万円を渡して「目障りだからこれでこの町を出て行け」と言い放つ。それを拒む恵に暴力をふるう誠一。保に頼まれて恵を迎えにきた厚子が止めに入り、おびえる恵を宿に連れて帰る。恵はしばらく『くわの』に滞在することとなった。執拗に恵を追い回す誠一は『くわの』に姿を現すが、厚子に追い返されてしま