興亜化学に勤務する美貌の水戸まひるに、あちこちから話が持ち込まれたり好意を寄せてくる青年があるのは当然すぎることではあったが、まひるにしてみればただ煩わしく騒々しいだけにすぎなかった。寄宿先の実姉ますみ夫婦も知らぬ顔だが、現在まひるには会社の矢貝、義兄史郎の下に働く三好と石井の三人が好意を寄せていた。ある夜、残業で遅く会社を出たまひるは街角を曲っていく男女の後姿にはっとした。男の背恰格が史郎にひどく似ていたからである。まひるは三好に会って義兄の見張りを頼んだ。矢貝、三好、石井の三人はまひるを得るためにフェアプレーでいこうと行きつけの酒場で乾杯をしたが、その時三好は史郎が一人の女性を連れて来たことを知った。三好から話を聞いたまひるは義兄が出張から帰ってくる日、東京駅へ行った。恐らく愛人の青山瑛子という女性も来ている筈だと考えたからだ。列車から降り立った史郎が瑛子にちがいない女性に向かって笑いかけた時、まひるはとうてい太刀打できぬものを感じた。その後、瑛子はいつのまにか史郎から離れていった。瑛子は史郎の親友の未亡人だった。しかしまひるはなぜか瑛子を憎むことが出来なかった。ひっそりと立っていた瑛子の姿には、およそこんな男女の関係とは無縁の、ひどく清々しいものがあったと思う。さいわい呑気な姉はこうした事件を知らずに過すことが出来た。やがて史郎はニューヨーク駐在を命ぜられ、ますみも史郎もしきりにまひるの結婚を勧めた。遣り場のない淋しさにおそわれたまひるは、瑛子と会ってあのひそやかな声を聞きたいと思った。史郎を羽田に見送った帰り、まひると瑛子は高台にある墓地に寄った。風に吹かれて夫の墓標に見入る瑛子の姿を眺めて、まひるは自分もまた史郎を愛していたことを知った。
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Buichi Saito |
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